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ひきのエフェクトのブログ

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日頃感じていることを綴って行きたいと思います。
引野 正之
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久しぶりの環水平アーク

2018/05/24 22:29
 先日ちょっと薄いけれど久しぶりに環水平アークが出ていました。
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鈴木真奈美さん よくこんなことがいえるものですね。

2018/05/24 22:17
 ピンチやトラブル時に問われる、「対応力」 −日大選手の謝罪会見から−

 ブログ ⇒ リンク 
 日大 アメフト 選手 に恥ずかしくないのでしょうか?

 脱税をして適当にかわしたことを忘れてしまったのでしょうか?
 私は忘れませんよ!
 まあ「対応力」とすれば違った意味ですごくあるかも。

 ⇒ 鈴木真奈美さん シリーズ

 ⇒ 鈴木真奈美さん シリーズ 追加 ネットゾンビ キャッシュ


 スピリチュアル系・自己啓発系の人達って(カウンセラー・クライアントとも)どうしてこうなんでしょう。
 不思議です。
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光をあてて闇を消し去りましょう。

2018/05/24 21:54
 自治会会長になって・・・困っています。
 ある種の脅迫ですね。
 今までの自治会長さんはよく耐えられものです。
 自治会の役員は一年で交代なので、なんとか一年乗り切ればと思って頑張っておられたのでしょう。
 私は、ずるいことが大嫌いなので、疑わしい予算の執行を次々止めました。
 老獪(ろうかい)が一人詫びを入れに来ましたが、処分保留中です。
 今、組織の改編をしようとしていますが、なかなか難しい。
 既得権を手放そうとしない。

 今、世の中こんなことばかりですね。
 どうすれば良いのでしょう?

 日大 アメフト 選手 潔(いさぎよ)いですね。
 彼は、闇に光をあてました。
 光により、闇が次々に照らされ、醜い姿が明らかになって行く。
 彼の良心が光となったのでしょう。

 私も今ある闇に、恐れず良心の光をあてることにしましょう。
 阿弥陀くじで自治会長になったのも意味があるのかもしれません。

 阿弥陀くじの阿弥陀様は『阿弥陀如来』
 梵名のアミターバは「量(はかり)しれない光を持つ者」

 私の家は『浄土真宗』なので、毎朝毎夕仏前で「南無阿弥陀仏」を唱えます。

 光をあてて闇を消し去りましょう。

 南無阿弥陀仏 南無光明生命実相
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役所が暗い

2018/05/20 00:03
自治会の仕事が多くて、さらに書けないような話ばかり・・・ブログが書けないが・・・
届け出その他で役所に顔を出すようになった。
すると、役所の中がすごく暗い。
節電で照明が落とされていることもあるが、それにも増して雰囲気が。
受付に行くと、私の声はデカいのでフロアー中に響く。
すると、職員の背中が丸くなった様に見える。
怯(おび)えている。
なにか恐怖に操られているような・・・。
これで、まともな仕事が出来るのだろうか?
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英語の授業ができなかった・・・島根県の大問題?

2018/05/12 23:56
 NHK 島根 NEWS WEB ⇒ リンク

 島根県松江市にある中学校で、英語の講師が確保できなかったため、先月、3年生の英語の授業が実施できなかったことが分かりました。

 これは、大問題だが大問題では無い。
 何回も英語教育について取り上げているが、文科省が要らないことに熱心だからだ。
 日本の子供達が日本で暮らすのに英語は不要である。
 小学校から英語を教えようとしても、普通に要らないから、先生も確保できないし、しゃべる機会も必要も無いから上手くならない。
 どう考えても、国の方針が間違っているからこんな状況が発生する。
 学校の先生は、国の方針に従わなければならないので、これからも相当な無意味な苦労と努力をしなければならない。
 英語教育を見直すだけで、先生のかなりな部分の働き方改革が出来る。

 国の方針に従って授業が出来ないのは大問題だが、英語を話せなくても十分文化的な暮らしは出来るので大問題ではない。

 龍頭が狂えば皆狂う! ⇒ もう取り返しのつかない領域に入りましたね。
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鳥がいなくなった。

2018/05/10 20:48
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 暖地桜桃(サクランボ)の写真、もっとたくさん鈴なりに付いていたが、近所の子供や婆さんが取ってこれだけになった。
 例年と全く違う。
 例年暖地桜桃(サクランボ)は鳥との戦いで、気をつけていないと、赤い実を食べることが出来ない。だから木の周りと上空を隙間なく防鳥網で覆う。
 だが、今年は鳥が来ない。
 そう思ってみると、モズの姿を見ない。いつもは、2組ぐらいが私の宅地を縄張りにしている。・・・いない。
 知人も同じことを言っていた。
 鳥は地磁気の変化に敏感だ。
 大災害が迫っていなければ良いが。
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サブブログ ひきのさん 自治会長な日々 一時休止

2018/05/08 20:46
 自治会長の日々を綴ろうと思っていたが、公表すると困るような話ばかりになったので、落ち着くまでサブブログ ひきのさん 自治会長な日々は休止します。
 メインの ひきのエフェクト も落ち着いて考えられない。
 困ったものだ。
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5月5日

2018/05/06 23:41
 こどもの日
 昼になかまが集まりバーベキュー
 天気が良いのに車庫の中 
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 20年前ぐらいは、家の庭でやっていて、夜になると寒くなって家の中に移動していた。
 それが庭でやるには天幕を張らないと日差しが強くて出来なくなった。
 近年は天気が良くても天幕が飛ばされるほど強風が吹くようになった。
 バーベキューは楽しいけれど、この子達が大きくなったら、どこでバーベキューをしているのだろう。
 私達の心のありようを反映して、今の環境・世界があります。
 それに気付くまで、環境・世界は崩れて行くでしょう。

 本当に人々が順序立てて物事を考えられなくなっています。
 それにすら気付かない。

 夕方風がおちて田植えが出来ました。 
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 例年我が家唯一の田圃一枚をNさんにお願いして植えてもらいます。
 農作業は順序よく一連の作業をしていかないと成り立ちません。
 そして、昔は共同作業でした、みんな優しく正直で真面目でした。
 そうしないと米は出来なかった。
 米作文化が廃れると一緒に私たちは廃れるのでしょうか?

 自分としては頑張っているつもりなんですが・・・難しいですね。 
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自治会長な日々 困った人間がいる。

2018/05/03 18:49
 憶測に断定的な表現をしてしまいました。
 また、その個人が特定できるような表現をしてしまいました。
 お詫びして削除します。

 当該の方から謝罪の電話が入りました。
 役員会に諮ることとします。
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天理教本部の「ひな形甘露台」が倒されてから9ヶ月

2018/04/29 23:05
 Web上に数々の天理教本部の醜態が暴露されている。
 それでも、天理教本部は、それらについて何の反応も示していない。
 しかし、成ってくるのが天の理である。
 様々なことが、本部に現象として出てくる。真柱が教祖殿で転倒したこともその現れであろう。
 成ってくる元を、本部が絶たなければ事態は悪化の一途をたどる。
 しかし、本部は上と紙を見ているだけで神を見ていない。
 神を見ることが出来なくなったらもう終わりである。

 先日妹が単身修養科に入るため天理に行った。
 母親は未だに天理教に影響されていて、これと思ったら考えを変えない。妹としては高齢の母親に逆らって、険悪なムードになるよりもおとなしく3ヶ月修養科へ入ることを決断した。
 私は家を出て天理教をやめてしまっているので、妹の決断を尊重する。私が家に残っていたら母親と大喧嘩、母親は 卒倒して死んでしまうかもしれない、まあそれは冗談だが・・・
 妹には、天理教本部の私の知っている情報を教え、一つの時代の転換点を本部でよく見てくるように伝えた。
 純粋な心で天理教本部を信じている老人が哀れでならない。死んでから神様は教えてくれるのだろうか?
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禊会場決定 『高清水神社』

2018/04/28 23:08
 本年度の島根県氏子青年協議会禊研修会場が決定した。
 今回は私の属する阿太加夜神社氏子青年部が主催なので、禊会場を用意しないといけない。
 部長と色々近場で探したが、前回の実績と、顧問の私の強い推薦で『高清水神社』に決定した。
 『高清水神社』総代会長が私の親戚で、そこの宮司とも仲良しなので、決定したら「ヨロシク」と言ってある。
 前回は、ブルーシートでプールを作ったけれど、ちょっとかっこ悪いので総代会長に頼んで池に漏水防止工事をしてもらう予定だ。そうするといつでも『高清水神社』で禊が出来る。 
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 前回の様子 禊研修『雄健(おたけび)』 
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 この水が湧き出る山を100mほど登った中腹に『磐座』がある。いわゆる霊石である。湧き出る水も霊水である。 
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 先日山陰中央新報に名水の記事がのった。
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石棒の実験

2018/04/25 23:47
 3年前ヤフオクで縄文時代の遺物『石棒』を手に入れた。 ⇒ 石棒 - Wikipedia
 東北地方で出てきた物だ。
 本物・・・?
 出品者は本物と言っているが、ノークレーム・ノーリターンが条件
 損をするか得をするか、当然私の目利きに掛かってくる。
 まあ、たぶん、本物?だと思う。
 これが写真
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 長さが385o 太さが太いところで75o 大型である。
 両サイドが平たくなっていて左側がちょっと凸右側がちょっと凹
 左側
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 右側
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 手に入れてから3年間ずぅ〜〜と考えてきた。
 どう使うのか。
 答えは これ
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 石棒を縄・・・今使っているのはアケビの蔓・・・で細くなっているところを縛り吊す。
 木の棒を同じように吊して並べる。
 そして木の棒でたたく。
 すると、左側の凸から『氣』が飛び出す。
 石棒はたたいた後もしばらく『氣』を放出ている。
 余韻のように石棒が振動しているようだ。
 これで、石棒の物性のような物は分かった。

 次に、実用性だが・・・これは全く分からない。
 作った人?に聞いてみたいが・・・たぶん5,000年前ぐらいに死んでいる。
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牛馬考 人間と牛馬(動物) ・・・ どう違うのか?

2018/04/24 22:57
 ミキ婆さんの教えから考えてみた。
 おふでさき
 08.054 だん/\とをんかかさなりそのゆへハ きゆばとみへるみちがあるから
 段々と恩が重なりその上は 牛馬と見える道があるから
 とめふで
 此時は霊魂(小さい魂;異伝)をこの世へかえして牛馬と生みかえす。

 人間から牛馬に堕ちる(牛馬になる)者と、人間の形をしていながら心や生活が牛馬の様な者がいると考えられる。

 生物学的に人間と動物を分けるのは簡単なようで難しい。動物も脳みそがあり手(前足)があり足(後ろ足)がある。パーツはよく似ている。
 高等なものは、感情のようなものもある。
 道具のような物を使う。
 集団を作り、親子・夫婦は慈しみ会う。
 会話のような鳴き声を発する。
 けんかもする。
 決定的な違いは何だろう?

 そう考えていたときに、もとはじまりの話を思い出した。
 その中にこのような言葉がある。 
 泥海の世界に、二人いるばかりでは、神と言って、敬ってくれる者もなし、なんの楽しみもない。人間という者を、こしらえて、その陽気暮しをするのを見て、ともに楽しみたい。
 九億九万九千九百九十九年の後は、あんさん方を神として拝をさせようと言うような思し召しの上から・・・
 注意して読むと、神を敬う・拝する と出てくる。

 動物にないもの・・・そうか、神に対して祈ること。
 神を褒め称える。
 神を信じる。
 神に感謝する。
 そうだ、お祭り

 動物は祭祀をしない。
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LED 防犯灯が壊れてもう大変

2018/04/23 00:03
 平成23年に東出雲町が松江市と合併する際、松江市になる前に東出雲町の金を使ってしまおうと公共事業が一斉に行われた。(私は当時町議で節操のない金の使い方に反対していた)
 その一つが、防犯灯のLED化
 町内の防犯灯を全部LEDにしてしまおうというもの。
 岩崎電気の納入事例にもなっている。⇒ 納入事例 東出雲町島根県松江市

 付けたのは東出雲町であとの管理は自治会がさせられる・・・なんでかなあ〜?
 それが、ボツボツ切れ始めた。
 耐用時間が4万時間・・・10時間稼働で約11年もつはず・・・
 それが7年で2割切れた。

 メーカーに言っても
 ・納入時に全数検査実施済み
 ・機器の保証は設置後1年間
 ・4万時間はあくまで目安
 ・落雷その他の突発事故
 なんて袖にされ・・・
 自治会員からは事故が起きたとか、起きたらどうすると脅され・・・

 修理できると思いきや、一体型で部品交換不可・・・器具まるごと交換
 1基交換が30,000円・・・金がない、市からの補助が付く付かない、予算がない云々で遅れに遅れ
 これからやっと対応できそうだ。
 メーカーにも納得がいかないからもう一回確認だ!
 しかし、町全体で一斉にLED化したということは、これから一斉に本当の寿命を迎える。町が真っ暗になっちゃうのでは?そのとき自治会長でいたくないなぁ〜。

 導入時にはLEDは半永久的に使えるとかエコだとか夢を見ていたのだろう。
 こまったものだ。
 今のエコカーやその他の技術にもこんな落とし穴がいっぱい用意されているかもしれない。
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『月よりの神言』 預言の書・・・評価

2018/04/22 00:19
 『月よりの神言』須藤 花井 の文章は拙くて読みにくい、また重複も多く一つの読み物としての出来はよろしくない。
 方や内容については、本物の啓示として評価できる。文章が拙い分正直に書かれていると思う。
 世界大戦の勃発と同時に天変地異が発生し泥海になる。・・・これは、キリスト教の黙示録から続く終末予言でそれほど変わったものではないが、それらを補強する意味合いは大きい。

 中に、注目すべき点がある。
 先に書いた、牛馬・・・四ツ足・・・についての記述だ。
 「牛馬を交尾をさしてお前達の食糧に与えて来たが、この営みはもうやめたい」
 「なんぼ畜生を人に生まれ直してやっても、畜生は畜生の心使いしかしてはおらん」
 「牛馬を、畜生を食うてもらうと・・・凶暴になって人殺しでも平気でやる」

 現代の人間社会には、人の魂を持っている者と、牛馬の魂を持った者がいるらしい。
 察するところ、まともな人間の心を、魂を有している者は少ないような気がする。
 安倍総理夫妻をいつも例に挙げて申し訳ないが、日本の総理大臣があの夫人を連れてトランプ米大統領とゴルフをする。
 北朝鮮が核もミサイルもや〜〜めた。
 と言っている。
 トマホークと地上イージスの返品伝票は用意してあるのか?
 世界を牛や馬や狢(むじな)が動かしているように見えてしまう。

 おっと、預言についての見解 私は既に示している。

 過去blog ⇒ 予言の書 考察 とめふで ひふみ神示 黙示録
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牛馬考 肉食と堕落

2018/04/21 23:48
 須藤 花井 著 『月よりの神言』から天理教その他『とめふで』『ひふみ神示』『神との対話』『伊都能売神諭』とまあ牛馬に関するところを適当に拾ってみた。

 大本教の 出口なお 出口王仁三郎 の啓示には調べればさらに多くの多くの牛馬四ツ足についての記述がある。外人は四ツ足だなんて酷いことも・・・

 『神との対話』はアメリカ人の自動書記によるもので毛色が違う。通して読むと、魂の下降「牛馬に堕ちる」は無いように読めるが、「魂がついに存在のすべてと再会し、ひとつになるまでは」の条件が整うまでは堕ちることもあり得ると読める。
 外人の神の書かせる言葉を邦訳しているので微妙なニュアンスはよく分からないが、肉食を戒めていることは分かる。

 あなたが日本人であれば、杜子春に畜生道に堕ちた母親が出てきたりするので、輪廻転生で動物に堕ちるとか、天理教で言えば人間は、虫、鳥、畜類(ちくるい)などの姿に、八千八度(はっせんやたび)、生まれかわっていまがある。

 これらの啓示でいえることは、
 人間の魂は、動物を含めて転生している。
 だから、肉食は共食いとなる。
 肉食は体(魂・心・身体)に良くない(堕ちてゆく)から止めた方が良い。
 食べるのであれば、一度 神に献げてからにせよ、神から頂け。

 となる。

 あまり考えすぎると気持ちよい話ではないのでこの辺でやめる。

 ただ、マスコミその他が、やたらと肉食を勧める。完全に間違っているので、皆さん注意が必要だ。だまされてはいけない。
 
 今年のタケノコ 裏年であまり取れない。私の実家と近所に配って終わり。
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『月よりの神言』 牛馬考 『伊都能売神諭』 出口王仁三郎

2018/04/20 22:28
 『伊都能売神諭』いづのめしんゆ 出口王仁三郎
 大正八年一月五日
 今の日本の人民は皆外国人の真似を致して、牛馬の肉を喰い、猪鹿犬猫何でも構はず、四ツ足と見たら共喰い致すやうになり、たまたま謹みて四足獣を喰はぬ人民があれば、時勢後れの馬鹿と申して嘲笑ふやうに成りて了ふて、此の神州清潔の国土も、神聖至浄の神民も皆汚れて了ふて、今日の国家の状態、神の住居を致すべき場所が、地の上には錐一本立つ場も無き所まで曇りて了ふて居るぞよ。夫れで元の神代の神政に致すに付ては、一旦世界の大掃除大洗濯が初まるから、日本の人民なら一日も早く大洗濯のあるまでに身魂を清めて置かぬと、ツツボに落されて苦しま※
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『月よりの神言』 牛馬考 輪廻転生 『神との対話』

2018/04/19 01:18
N・D・ウォルシュ 神との対話B 358頁 
 『高度に進化した存在』は、気にかけるよ。もっとも、彼らは人類よりもずっと長生きするが。
 どのくらい長生きするんですか?
 何倍も。一部の『高度に進化した存在』は永遠に生きる。あるいは、肉体にとどまろうと思うあいだ、ずっと生きている。だから『高度に進化した存在』の社会では、それぞれが、自分の行動の長期的な結果を体験するのがふつうだ。
 どうして、そんなに長く生きていられるんですか?
 もちろん、彼らには「生きていない」状態はない。それはあなたがたも同じだが、あなたが言いたいことはわかる。「身体とともに」という意味だね。
 そうです。どうやってそんなに長いあいだ、身体にとどまっていられるんですか?
 まず第一に、彼らは大気も水も土地も汚さない。植物や動物を育てる土地に化学物質を注ぎこんだりしない。土地や動物の餌になる植物を化学物質漬けにして、つぎに動物自身を化学物質漬けにし、それから自分の体内に化学物質をとりこむために、その動物を食べたりはしない。『高度に進化した存在』は、それが自殺行為であることをわきまえている。じつは、『高度に進化した存在』は決して動物を食べない。
 だから『高度に進化した存在』は、人間のように環境や大気や自分の肉体を汚染しない。あなたがたの身体はすばらしい被造物で、あなたがたさえその気になれば無限に「長もちする」ようにできている。
『高度に進化した存在』の心理的行動もあなたがたと異なっていて、それが同じように長寿につながる。つまり、『高度に進化した存在』は決して心配しない。人間の「心配」とか「ストレス」という概念がどんなものか、理解できないだろう。『高度に進化した存在』は決して「憎悪」しないし、「激怒」や「嫉妬」も感じないし、パニックも起こさない。したがって、『高度に進化した存在』の体内では、有害で自滅的な生化学的反応も起こらない。『高度に進化した存在』は、そういうことを「自らを食らう」と言う。『高度に進化した存在』はべつの存在の肉体を食べないように、自分の肉体も食べないのだよ。

N・D・ウォルシュ 神との対話B 170頁
 魂が人間のかたちに戻るとしたら、それは、さらに進化するためだよ。人間という存在の進化のレベルは、じつにさまざまだ。ある者は何度も何百回も人生をやり直しながら、上に向かって進化していく。だが、魂の最大の望みである上昇は、低位の生命のかたちに戻つたのでは達成できない。だから、そこへ戻ることはありえない。魂がついに存在のすべてと再会し、ひとつになるまでは。
 それじゃ、毎日、システムに「新しい魂」が参加して、低位の生命のかたちをとるんですね。
 いや。すべての魂は、いっぺんに創られている。すぺてがいま、ここにある。
 魂はまた、特定のレベル、特定の生命のかたちで「リサイクル」することもできる。もし、輪廻転生がなく、物質的なかたちに戻れなければ、魂はなしとげたいと思うすべてを一生でなしとげなければならない。一生とは、宇宙の時計ではかれば、一瞬のそのまた10億分の1よりも短いのだよ。だから、もちろん輪廻転生はある。それが真実であり、目的にかなっており、完璧なのだ。
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『月よりの神言』 牛馬考 『ひふみ神示』

2018/04/15 11:45
『月よりの神言』 33頁

 ⇒ 既出

 『ひふみ神示』

 ひふみ神示 第04巻   天つ巻 / (あつまき)
 第五帖 (一一二)
 牛の喰べ物たべると牛の様になるぞ、猿は猿、虎は虎となるのざぞ。臣民の喰べ物は定まってゐるのざぞ、いよいよとなりて何でも喰べねばならぬやうになりたら虎は虎となるぞ、獣と神とが分れると申してあろがな、縁ある臣民に知らせておけよ、日本中に知らせておけよ、世界の臣民に知らせてやれよ、獣の喰ひ物くふ時には、一度 神に献げてからにせよ、神から頂けよ、さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じょうぶになるのぞ、何もかも神に献げてからと申してあることの道理よく分りたであろがな、神に献げきらぬと獣になるのぞ、神がするのではないぞ、自分がなるのぞと申してあることも、よく分ったであろがな、くどう申すぞ、八から九から十から百から千から万から何が出るか分らんから神に献げな生きて行けん様になるのざが、悪魔にみいられてゐる人間いよいよ気の毒出来るのざぞ。八月の三十一日、ひつくのか三。

 五十黙示録 第02巻 碧玉の巻
 第八帖
 四ツ足を食ってはならん、共喰となるぞ、草木から動物生れると申してあろう、神民の食物は五穀野菜の類(たぐい)であるぞ。今の人民の申す善も悪も一度にひらいて、パッと咲き出るのが、次の世の新しき世の有様であるぞ、取違いせぬように、悪と申しても魔ではないぞ、アクであるぞ。大峠の最中になったら、キリキリまひして、助けてくれと押しよせるなれど、その時では間に合わん、逆立してお詫びに来ても、どうすることも出来ん、皆 己の心であるからぞ、今の内に改心結構、神の申す言葉が判らぬならば、天地のあり方、天地の在り方による動きをよく見極めて下されよ、納得の行くように致して見せてあるでないか。
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『月よりの神言』 牛馬考 『とめふで』

2018/04/14 00:04
 『月よりの神言』 33頁
 いざなぎ、いざなみの生みおろした、九億九万九千九百九十九人の、元の子数は何辺生まれ直してもさほど心配はないが、畜生の生まれ直しは空で見ていて見るにみられん。
 人間の心使いをしてはおらん。牛馬は、畜生は殺される時、殺される事が分かっておるから動かんと涙を流す、酷いと思う。お前を、お前の親を、お前の子供を殺して食うたらどう思うぞ。人間が人間の肉を食うたら人間の種もつきる。牛馬を交尾をさしてお前達の食糧に与えて来たが、この営みはもうやめたい。
 牛馬は、畜生は、殺される時、人間はえいなあ、わしも人に生まれたいと思うものはたいてい人に生まれ直してやって来た。なんぼ畜生を人に生まれ直してやっても、畜生は畜生の心使いしかしてはおらん。この営みはもうやめたい。
 お前達はこの世のあらゆるものを食い尽くし、罪の限りをつくしておるが、牛馬を、畜生を食うてもらうと、油が体内にとどまって血管がつまり神経痛等いろいろの病気の元になる。脳に油がたまると物事を考える能力を失い、心も荒々しく凶暴になって人殺しでも平気でやる。
 うつ病になる者と癌になる者が後をたたん。どうしようもない。助けようもない。お前達が屠殺をして食うも、わしが火水風の大掃除にかけるも、あまり違いはないはずの事。

 『とめふで』 の中の一文
 このことは何時の事やと思うなよ。三六二五のくれあい。これを百十五年(115年祭とすれば西暦2001年)を限りとす。此時は霊魂(小さい魂;異伝)をこの世へかえして牛馬と生みかえす。これを承知せよ。これ故、今日一日は生涯の日とす。早く悟れよ。

 と対応させると興味深い。

 関連blog ⇒ 予言の書 『とめふで』
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