アクセスカウンタ

ひきのエフェクトのブログ

プロフィール

ブログ名
ひきのエフェクトのブログ
ブログ紹介
日頃感じていることを綴って行きたいと思います。
引野 正之
ホームページ: ひきのエフェクト もよろしくね!
zoom RSS

ひな形甘露台 の献金がこんなところまで。

2017/10/19 23:11
 今日知り合いの所でお茶を飲んでいたら、彼の母親が天理教の教会にお祭りで行ったら甘露台が倒れたので献金を頼まれたという。
 彼女・・・お婆さんは毎月天理さんのお祭りに近所だからお参りに行くという。
 正式な信者ではない。
 手元に30円しかなくて出さなかったらしい。

 詳しい事情は分からないが、たまたまお参りに来ているお婆さんと、天理のひな形甘露台倒壊がどんな関係があるのか。

 なぜ天理教は、こんな山陰の片隅につつましく暮らしている無関係の老人に、ひながた甘露台のお金を無心するのか。

 完全に狂っている。

 払ったら駄目だよ! と言っておいた。
記事へトラックバック / コメント


ドコモから、携帯の契約が満了すると連絡が来た。

2017/10/16 23:15
 私達夫婦は、ガラケーである。
 スマホを使ったことが無いので、便利かどうかも分からない。
 携帯なんてE-mailと通話ができれば、なんの問題もないと思っている・・・実際問題ない。
 妻はスマホを使い切る自信がないようではある。
 私は、スマホよりタブレットがあれば、フィールドワーク時便利な気はする。
 まあ、これから月末にかけてスマホにするかどうするか決めよう。
 で、まあ田舎の田圃の中で暮らしているので、都会での実態は知らないがスマホのせいで猫背になったり、事故が多発しているらしい。
 こんな感じかな・・・という動画を見つけた。


 この動画をスマホで見ているとすれば・・・まあ、恐ろしい世界になっているようだ。

 この作家の『MAN』も考えさせられる。

 ・・・西欧文明の成れの果て・・・日本文明もほぼ飲み込まれた。
 音楽 エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ作曲 ペール・ギュント  第1組曲 作品46 第4曲「山の魔王の宮殿にて」(ロ短調)
記事へトラックバック / コメント


UFOコンタクティ

2017/10/11 22:33
 2017年宇宙の旅 第9回八ヶ岳UFOコンベンション《コンタクト》
 ⇒ 八ヶ岳UFOコンベンション
 が開催されると今日教えてもらった。
 『UFO』まだ飽きずにこんなことしている人がいるんだ・・・感心した。
 子供のころは「ワクワク」しながらテレビを見ていたが、いつのころからかどうでもよくなった。
 どうでもよくなった・・・というか・・・身近にUFOがあると言うか。
 HPで紹介しているが、松江にはUFO伝説がある。
 ⇒ 神魂神社UFO伝説  リンク⇒ 「天穂日命天下りの涼み殿伝説」
 大庭風土記によると、乗っていたのは出雲大社の宮司(千家・北島)の祖先 アメノホヒ 
 『UFO』は釜として神魂神社にある。
 そして、写真を撮ろうと思えば・・・まあだいたい撮れる。
 今日の午前中撮った写真。白い点『UFO?』が10個ばかり写っている。
 全体 
画像
 一部を拡大・・・ここには5個 赤線の間 
画像
 以前、飲み会で出雲大社の禰宜さん千家国麿さんにもカメラの中のUFO写真を見せてもらったことがある。
 千家さん乗ってきたの?・・・って聞いたら
 さぁ?・・・といっていた。
 『UFO』が存在していることは事実であるけれど、それが宇宙人だとか宇宙意識だとか云々で儲けようとしている人にだまされるのはなんとも悲しい話である。
 本気で信じている人は救いようがない。
 松江では、まあどうでもいい話である。
 そんなことより、やるべきことが山積していると思うのだが。
 で、UFOが何なのか?だって。・・・そんなことわかるわけないじゃない。
 だって、UFO = unidentified flying object = 未確認飛行物体
 確認できない・・・わかんないから・・・UFOなの!

 関連 ⇒ UFO いい歳して何やってんのヨ!
記事へトラックバック / コメント


京都シャボテン大会

2017/10/11 21:14
 友達と恒例の京都シャボテン大会に車を飛ばして行ってきました。
画像
 10年ほど通っていますが、昔はイガイガのサボテンがメインだったけれど、今では多肉系が人気で幅を利かせています。
 友はイガイガが好きなのでしきりに残念がりますが、私は多肉系が好きなのでうれしい。
 サボテンの世界も市場原理が働くので、人気があって珍しい物は高価になってきます。
 私が6年前に買ったアフリカ亀甲竜
画像
 苗が千円〜2千円で買えたのに今では1万円・・・ビックリ!
 それを育てるとこうなります。
画像
 この状態で売るとすれば10万円ぐらいかな。
 まあ、苦労して育てているので絶対に売りませんけどね。
 個人的にはこの変な形にたまらない魅力を感じます。
 人に「これは何?」と聞かれるのが嬉しくて玄関に置いています。
画像
 多肉系の姿を見ていると奇想天外なものが多くて大変魅力的です。
 どうしてこんな形になったのでしょう。
 進化論のダーウィンはごちゃごちゃ説明するでしょうが、説明しつくせるとは思いません。
 いつも思うのですが、神の造形の素晴らしさに感心します。
 友はオークションでアザラシが落とせたと言って喜んでいました。
画像
 サボテンのくせにアザラシ?大きく育てるとアザラシの顔になるそうです。本当に?まあ、そんな品種もあるということですね。
記事へトラックバック / コメント


廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係 4

2017/10/07 23:13
 3回にわたって、廣池千九郎(モラロジー)と天理教の関係を書いてきたけれど、皆さんどう思われたろうか。
 ここまでの記事を念頭に置いて、廣池千九郎(モラロジー)のホームページを見てみよう。
 ⇒ 廣池千九郎記念館
 そして、年表を見てみる。
 ⇒ 年表
 すると、おかしなことに気づく。
 そう、私の調べた天理教との関係がごっそり丸々抜け落ちている。
 それでも、と思いリンクをたどってモラロジー研究所他を見るけれども天理教の文字すら見ることはできない。
 かろうじて、ブックストア 書籍の紹介の中に本の中の項目として天理教を散見できるのみ。

 なぜだろうか?

 大正元年 大病を患い 神に二十年の延命祈願をしている。
 道徳を学問体系にまとめるためには二十年かかると見積・・・

 この時には、まだ天理教の信者で管長から教理結集の仕事を依頼されたあとであるから
 道徳をまとめるために神に誓ったとは思えないが・・・。

 その辺の事情を本人が『助け一條乃御話』の中で次のように語っている。 
画像
 赤枠
 天理教の天啓によれば前生の因縁次第では神様が特に身体に障りをつけて之をお道の道具に使ふのであります・・・私の如きも矢張りそれで・・・大正元年の大病・・・御授けを頂き茲に再生復活・・・

 『助け一條乃御話』は大正六年起稿とあるので、大正元年大病の時延命祈願は分からないが、天理教管長から依頼された『教理結集の仕事』は進めていたと思うので『道徳を学問体系にまとめる』構想はまだ無かったと思う。
 『道徳を学問体系にまとめる』構想は天理教管長が亡くなったころ大正四年頃から始めたと思われる。

 いずれにせよ、大正元年大病の時、廣池千九郎は『天理教に道具として引き寄せられたと自覚していた』ことになる。

 モラロジーのホームページの構成もおかしなところがある。
 昔のホームページには天理教とのかかわりが載っていた。
 ⇒ 足跡を訪ねて ・・・ のリンク先 56、57、64 が消されている。
 今はリンクは消されているが見ることはできる、いずれ消去されるだろう。
 ⇒ 教派神道の研究
 ⇒ 誠の心を求めて
 ⇒ 天理中学校長 
 話は良い内容なのに。
 
 なぜ、この辺の事情をモラロジーは消してしまうのか。

 以下私の勝手な想像です。

 今、国は道徳教育に力を入れつつある。
 モラロジーにとって今千載一遇ともいえる国に取り入る大チャンスである。
 そのなかで、国にスムーズに取り入るためには宗教色を取り除く必要がある。
 従って、廣池千九郎と天理教の関係は無かったことにしたい。
 モラロジーの気持ちはわかるが、自分たちの歴史を改竄するような行為をすることがモラルに反しないのだろうか?
 これを嘘つき・・・と云うような気もする。

 こんなことをしていると罰が当たりますよ。

 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  1 
 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  2
 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  3
記事へトラックバック / コメント


廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  3

2017/10/06 23:08
 私はモラロジーを批判するわけだが、モラロジーの会員個人を批判することはしない。個人それぞれを見れば、尊敬できる人物もいれば、?と思う人もいる。
 そこは、慈悲寛大自己反省?でお願いしたい。
 モラロジーの一番問題は何か、私なりに考えるに『最高道徳』と『神』の関係だ。
 『最高道徳』と『神』どらが上位に位置するのか?
 私は双方の守備範囲を考える。
 『神』・・・すべて
 『最高道徳』・・・廣池千九郎博士・・・人間の考え方・・・にすぎない。
 従って、
 『最高道徳』は限りなく『神』に近づく行為
 『最高』とい言いながらいつまでたっても『最高=神』になれない。
 『最高』・・・この文字自体に矛盾を持つ
 従って・・・『サイエンス=科学』ではなく・・・今流行りの自分を高める『自己啓発』に近いと思う。
 そして、現在提唱者の廣池博士はいないので、この辺が曖昧なままモラロジーの研究が進む。
 曖昧なままでも困るので、『道徳科学の論文』を中心にものごとをまとめることになる。
 これが、宗教団体でいえば、『道徳科学の論文』=『教典』にあたる。
 その論文には、「神の心に一致する」道徳とあるので、道徳よりも神の心の方が上位である。

 このあたりのことは、廣池博士もわかっていて、
 著書である『モラルサイエンスの草稿』に
 本書は道徳実行の効果を科学的に証明し、併せて最高道徳の合理的説明をなすということが書き表されてありますけれども、それは甚だすまぬ事にて、私は心密かに恥ずかしく存じております。その故は、もと私がモラルサイエンスを組織する動機と目的とが、一つの新科学を造るという事でなくして、最高道徳を人類に推薦して、その人心を救済したいという一つの信仰から起った事業でありますから、まず私のこれを造る心持が純学研的でないのです。
 と書いている。

 廣池千九郎博士の『人心を救済したい』との思いが、天理教でかなえられなかった歪みが『モラロジー』に現れているように思う。
 モラロジーの人も廣池千九郎博士が感化されたように、中山ミキ『天理教』の勉強をしてみると、先祖返りができて面白いかもしれない。

 結局『最高道徳』なんかより『神』を私は信じている。

 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  1 
 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  2
 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  4



記事へトラックバック / コメント


廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  2

2017/10/03 23:10
 前回、天理教と廣池千九郎(モラロジー創始者)の関係を年順で見てみた。
 廣池千九郎は天理教の神により命を救われた熱狂的な信者であった。
 天理教の偉大な布教師でもあった。
 ある時期大正十四年ごろからモラロジーのだけの活動になる。
 (表向きだけかもしれない)
 天理教の信者を引き摺りながら、モラロジーを展開して行く。
 天理教の信者でありながらモラロジーを続ける・・・・どういうことだ?

 天理教とモラロジーの関係をどの様に考えたよいか検討していた。
 ・・・行き詰った。
 100年前のことで時代の風潮などわからない部分もあるが、資料や伝記は多く残っている。
 問題はその量と質だ。莫大な量と、広範な内容・・・・・
 知の巨人を前にして、凡庸な自分、自分の頭の悪さに悶々としていた。

 そうこうしているうちに、今日読者からコメントをもらった。
 そのコメントの中に
 『難しい道徳の話』・・・とある。
 そうだ、モラロジーの話は・・・難しい。
 中山ミキ(天理教)の話は、平仮名で説いてある。
 それは、ミキ自身が農家の主婦で、周りの信奉者も農家が多いから難しい言葉を使っても意味が通じない。
 中山ミキ(天理教)の話は平易である。(奥は深いが)

 廣池千九郎は、簡単な教えを難しくしている。

 例えば、『慈悲寛大自己反省 最高道徳 の実践』
 ・・・これは、中山ミキの生き方(ひながたの道)を実践しましょう。
 ミキ婆さんの生き方をまねよう!
 ということになる。

 ミキは
 この世の地と天とを象(かたど)りて夫婦をこしらえきたるでな。
 これを、廣池千九郎流に説明すると、
 旧約聖書の天地創造アダムとイブが出てきて、中国の陰陽易学の話になり、英語も出てきたり、古事記の話になったり・・・やたらとどんどん難しくなってゆく。

 モラロジーは天理教の教えから中山ミキを抜き、廣池千九郎に入れ替えて、天啓を消し、話を難しくしただけだ。

 天理教の信者は、廣池千九郎の上に中山ミキがいると思ってモラロジーの難しい話を聞き、モラロジーの者は偉大な廣池千九郎博士の難しい話に感心している。

 モラロジーの話は難しいので、モラロジーの先生は頭が良い人が多いことになる。
 『難しい道徳の話』
 自分としては、なんとなく納得できた。

 コメントありがとうございます。助かりました!

 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  1 
 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  3
 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  4


記事へトラックバック / コメント


廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係 1

2017/09/29 23:49
 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係 を年代順にモラロジー研究所『伝記 廣池千九郎』から拾ってみた。
 Web上には天理教と廣池千九郎(モラロジー)の関係がわかる公式な資料が無い。その辺は後程考察するとして、時の中山真之亮管長(初代真柱)と廣池千九郎が明治教典を本来の教祖の教えにもどそうとしていたことが伺える。しかしながら、その望みはかなわず、中山真之亮は病死し廣池千九郎は天理教本部を去ってしまった。注目すべきは、天理中学を辞め、本部員を辞めても天理教の布教活動に協力していることである。その資料が『助け一條の御話』である。
 とりあえず年代順にどんな風だったか見てもらいたい。

1908年 明治41/10
  廣池 天理教を含め教派神道研究開始

1909年 明治42/3
  天理教本部訪問

1909年 明治42/10
  入信
 天理教の教理に触れ、宗教の持つ実践性が人間を変革する様子に感動した。同時に、自分の「心づかい」が不十分であり、運命の改善が必要であることも深く自覚するに至った。

1910年 明治43
  天理教勢山支教会矢納幸吉を日記の中で「我を育てた勢山会長」と記す。
  『お助け』実践
  三年半の間、全身不随で寝たきりの婦人(三七歳)の『お助け』。2か月で手足が動くようになりやがて自分で立って歩けるようになった。

1912年 明治45/1
  天理教 中山真之亮管長に面会 教理結集の仕事を依頼される。

1912年 大正元年/9
  大患
 物質的な治療は尽き死を待つのみ。
 神に二十年の延命祈願

1912年 大正元年/12
 病状回復へ

1913年 大正2/1 天理教本部入り 教育顧問 天理中学校長 就任
  天理教 中山管長に面会した時、管長は非常に喜び、
 「教祖が、今に世界に二人とないえらいものを神が引き寄せると言うておられたことを聞いておるが、貴君がその人であったかもしれない」
 と語ったという。

1914年 大正3/12
  天理教 中山真之亮管長が四十九歳で病死 教内での後ろ盾を失う
  追悼公演会で
 私は『明治教典』を不完全だと思っております。大和舞もありがたく思わず、祭式も祝詞も、将来は全面的に改めていかなければならないと思います。また、教導職も今の御道に添うものではなく、お助けには不用のものと思います。(中略)今日までを振り返ると、真の教理の研究が十分でありません。もう少し深く教祖のお心や行いをご研究いただきたいと存じます。

 『明治教典』が一派独立公認の条件だったためこの発言が応法派の反発を招く

1915年 大正4/4
  天理中学校長、天理教教育顧問を辞任

1915年 大正4年4月12日 時事新報
  廣池千九郎談
 天理教本部とは全く関係を絶ちたるに非ずして全く大正元年中猛烈なる神経衰弱に罹り危篤に陥りし際同教を信じて回復せるより報恩の意を以て同校々長に就職せし者なれば自己の善意的施設がよし容れられずとするも飽く迄信者として志を絶つまじく別に同校本部の人々と意志の扞格せるものあるに非ざれば勿論直接間接の関係は今後も継続せらるべしとなり。

 このころより 全国へ出かけての講演旅行を本格化

1922年 大正11/10 天理教の 『助け一條の御話』頒布 
画像
 助け一條の御話の緒言
 一、本書は一読だけではわかりませんどんな偉いお方でも三度以上御覧願います。五度、十度御覧下さって始めて味が出てきます。御病人の御方は毎日毎日御覧ください、この記事が分かって心に体得ができたらば助かります。
 二、本書は私のお助けをして頂いた真の御道の御話であり、又私の年来各地の教会や私宅でいろいろな病人に向かって御話をさせて頂いて、沢山の大病や難病を助けさせて頂いた生きたる天理教の所謂(いわゆる)生命のある御話です。そこで今回多数の教師信徒の御方々より、特に御希望になりましたから之(これ)を印刷に附してその有志の御方々の間に分けて取って下さる様に承諾致しました。

 云々《中略》

  追記
 本書は世界人心救済の教理になるが故に慎重に慎重を重ね昨年脱稿以来更に再三再四訂正を加えて摂行者山沢先生の御校閲を請い奉り且つ松村幹事諸井御本部員等の御校閲をも受け其の外御道の御経験のある御方々のの御批評をも仰ぎ遂に今回上梓する事となったのであります。
大正七年七月 千九郎 記

 一、右の如くなりしも出版せず尚訂正を待つ事とせり
 一、然るに大正十一年十月稲葉松江分教会長殿の請いにより其部下に謄写版にて頒つ事を承諾せり。此の他にいろいろ本書を謄写版にせるものあれど誤謬甚だ多く世を誤る事少なからず今回のものを正本とす。但しこれも多少の誤脱は免れざるべし。
大正十一年十月大祭後 千九郎 記
画像


 1929年 昭和4/1 二代真柱にお願いして、天理教籍を離れ、廣池個人として、道徳科学を世界に普及することになったという。

 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  2
 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  3
 ⇒ 廣池千九郎(モラロジー) と 天理教の関係  4
記事へトラックバック / コメント


天理教本部の「ひな形甘露台」が倒されてから二か月

2017/09/27 23:59
 天理教関係者以外の方は意味不明な点が多々あると思います。いちいち説明していると埒が明かないのでスルーしてください。

 天理教本部の「ひな形甘露台」が侵入者によって倒されてから二ヶ月がたった。
 私のblogへのアクセス数も以前と変わらなくなってきた。
 ・・・ちょっと寂しい。
 「ひな形甘露台」が再建され、お詫びに億単位のお供え(献金)がされたと聞く。
 天理教人は頭がおかしいのではなかろうか?
 億単位の金があれば、すぐにでも石の本物の甘露台ができる。
 その「石の甘露台 現物」 をお供えすることを考えないのだろうか。

 結局狭い天理教世界で、みんなくすぶって終わりなのか。

 いま、廣池千九郎(モラロジー)と天理教の関係を調べている。
記事へトラックバック / コメント


金木犀と銀木犀

2017/09/24 23:50
 庭の金木犀と銀木犀が一緒に一斉に咲いています。
画像
画像
 素晴らしい香りが庭を包んでいます。
 陽射しはまだ刺す様に感じますが、気温は下がって風は爽やかになりました。
 金木犀の香りは、何となく私を寂しい気持ちにさせます。
 昔、彼女とお別れのときに・・・
 と言っても、具体的には何も思い出せない・・・

 妻に昔のことを聞かれても、覚えていなくてあきれられるんですが・・・
 昔のことなんか今が良ければいいじゃん
 とも思うのですが・・・
 女性って難しいですね。

 これは萩です。秋のお彼岸はオハギを作ります。
画像
 彼岸花 
画像
 写真ではこの血のような赤色を出すのが難しいですね。何とかいい感じで撮れました。

 彩雲 
画像
画像
記事へトラックバック / コメント


さとうみつろう氏 理科は0点

2017/09/23 23:48
 久しぶりにスピリチュアル系の話
  スピリチュアル系に興味のない方はスルーしてください。
 内容が過去のblogと重複しています。うるさいと思う方はスルーしてください。

 さとうみつろう氏
 いまだに、信じている人が多くいるようだ。
 何回も書いているが、彼は理科が0点だ。

 今日は秋分の日

 blogから引用させてもらう。
     ⇒ さとうみつろうblog
 秋分の日。
 地球の地軸が太陽光線に対して垂直になる日。二極のバランスが完全に取れているエネルギー状態の日に。
 数百名の「個人意識」が、1つの集合意識状態を創り出す場
 昼と、夜の統合。太陽と、月の統合。
 サマタと、ヴィパッサナーの統合。
 個人意識と、宇宙意識の統合 
画像
 引用ここまで。
 統合
 [名](スル)二つ以上のものを合わせて一つにすること。
 昼と夜、太陽と月 ・・・ 統合・・・一つにすることは出来ない。

 バランスが取れている・・・・二つ以上のものが釣り合っている状態。

 バランスがとれているものを一つにしたらバランスをとっている意味がない。

 「昼面積」と「夜面積」の大きさが全く同じになる日
 ⇒ 地球は球体なので太陽光に照らされている面積は変わることは無い。
 常に「昼面積」と「夜面積」はほぼ同じ。
 ・・・・・理科0点 ・・・算数もかな?

 あなたはいつまで理科0点の人の話を信じるのか?
 せいぜい50点は欲しいところだ。
記事へトラックバック / コメント


天理教とモラロジーの思いで 天理教をやめたわけ

2017/09/23 23:17
 彼岸で実家の墓参りに行った。
 母親に
 「会長さん(私の所属していた教会の)を不足に思ったらいけない。不足の理が回るぞ」
 と言われた。
 一般人にわかるように書くと。
 会長に不満の感情を抱いていると、他の事にもどんどん不満・不足な状態が回りまわってやって来るぞ。
 高慢な心ではいけなくて『低い・素直な心』にならないと喜べるようにはなれない。
 ・・・・・・・
 母親としては、私が身上事情(病気や生活環境)で神様のバチが当たって苦しむのを心配しての親心だと思うが・・・まぁ余計なお世話である。

 私が天理教を離れたのは、現会長に「顔に泥を塗られた」状態になったからだ。彼の裏の事情は想像がつくが、それならそれで正直に私に言って欲しかった。
 「顔に泥を塗られた」・・・
 私は、教会の横を通る国道拡幅の話を聞いて、土地も削られるし、このおんぼろ教会をこの際移転して保証金で新しい教会を建てればいい、土地は私の畑300坪(道路もあり造成不要)を出す。責任役員をしていた私の実家の父も賛成してくれた。
 会長に話をし了解を得て、近年新築した別の教会の会長に話を聞き工務店・銀行・税理士・・・に相談していた。
 そして、何とかなりそうなので、教会建築の委員会立ち上げの話を会長にした。
 すると、なかなかOKのサインが出ない。
 私はいいつもりで、土地の図面を工務店に渡したり、法律の勉強をして下準備をしていた。
 でも、OKと言わない。
 なぜ、OKと言えないか聞いても・・・ちょっと待ってくれ
 次期会長の長男に聞いてもはっきりしたことを言わない。
 そして、月並祭で移転するかしないか・・・・・・・

 移転せずに狭くなってもここで建てる。

 と決断をされてしまった。
 私は・・・・?????
 まったく何の事情の説明もない。
 この時点で、教会に別れを告げた。
 翌日、私は教会新築に協力を頼んだ人々に一人頭を下げて歩いた。

 そうこうするうちに、教会建築の委員会の立ち上げもなく、会長が勝手に教会を建ててしまった。・・・と父親に聞いた。

 なぜ会長はそんな仕打ちを私にしたか?
 やる気満々の信者(私)がうるさいのか。
 私の勝手な想像だが、ここの教会は先々代の会長がモラロジー広池千九郎の直弟子だったらしい。モラロジーは(60年前?)この地方では大流行していたようだ。
 その関係か、いまでも天理教の教会をやりながらモラロジーの講習会を一族で催している。
 私はモラロジーが嫌いで味噌糞に言っていた。
 先代の会長もモラロジーと天理教を掛け持ちしていたが、先代の死後、モラロジーは長男が継ぎ、天理教は長女夫婦が継ぐことになった。
 この教会は代々天理教とモラロジーを一緒にしていたので、天理教の教会とモラロジーの講堂が同じ土地に建っている。
 そこに、私が登場して、天理教とモラロジーの分離を促した格好になった。
 私はモラロジーは論理的に破綻しているので何とも思っていなかったが、会長夫婦はモラロジー華やかりしころの 思い出を大事に抱いていて、そこから精神的にも物理的にも離れられなかったのではなかろうか。
 父に言わせると、彼等(会長夫婦とモラロジーの長男)はモラロジーの偉い先生の坊ちゃんお嬢さんで育てられていて箸にも棒にも掛からないらしい。

 今まで真面目にやってきた私は・・・「エェェェ〜〜そうだったの」
 って感じ。
 「父ちゃん早く教えておいてよ〜〜」
 父もこんなに酷いとは思っていなかったようだ。
 (父は前会長に酷い目にあっていたらしい。前会長は土地への執着が異常だったという、親子二代にわたって酷い目にあったてこと。)
 
 私が教会に土地を提供し、教会の活動に食い込んでくると、今まで平穏無事に隠蔽してきた資産や会計がオープンになり、都合が悪い。モラロジーの偉い先生は出来なくなり、天理教を真面目にさせられる。

 まあ、これは私の憶測でしかない。

 だって、いくら聞いても自分の思っていることを私に教えない。
 そのくせ、町で偶然会ったりすると神様のお導きだとかいう。

 天理教では「埃は避けて通りなさい」と教える。
 私はこの教会を避けている。

 モラロジー・・・これについてもまた、考察してみよう。
記事へトラックバック / コメント


秋の彼岸になりました。

2017/09/21 23:46
 皆さんお墓参りは済みましたか?
画像

 私たち日本人は、死んだ人のことをなぜか大切にする文化を持っています。
 言い方を変えると、見えない世界を信じている。
 見えない世界と通じることができる最後の民族
 それも風前の灯火のような・・・
 なんとか生き残って行かなければ
 皆さん頑張りましょう。
記事へトラックバック / コメント


甘露台 三十下り と 大平良平 と 八島英雄

2017/09/21 23:18
 甘露台 三十下り を読んでみると、中山ミキが純粋に石の甘露台を建てて、甘露=長寿薬を天から与えてもらおうとしていたことがわかる。

 皆一列を 神が支配をすることになる。・・・甘露台世界・・・パラダイス(楽園)が成就する。

 御筆先 : 評註 の中には

 17.058 このざんねんなにのことやとをもうかな かんろふだいがいちのざんねん

 が、コマ番号143/168にあるので、大平隆平(良平)などのコアな(熱心な・徹底した・本格的な) 信者は、再度甘露台を建てようと天啓者の再来を熱望していたことが伺える。

 そこに、井出くに が現れるのだが、天理教本部は追い出してしまう。

 今日、八島英雄著:中山みき研究ノート他をバラっと読んだ。
 八島氏は仏教と国家神道の偏った勉強のし過ぎである。そして戦時中に酷い目にあったろうか、こだわりすぎである。天理教本部の嘘が提示されていることは評価するが、教祖中山ミキが世の矛盾に対抗する宗教の天才・革命家のような書き方で気に入らない。

 一番気に入らないのが、この甘露台の捉え方だ。八島氏は甘露台をモニュメント(記念建造物)的にしか見ていない。何回も書くが・・・私は実験している。

 中山ミキの書いたものや伝えらていること(捏造されているものには要注意)を総合的に考えると、ミキは宗教の天才・革命家などではなく、田舎の信心深い庄屋の奥さんが神懸かりして神の示すまま精進した・・・と見るのが私は妥当だと思う。

 蛇足・・・八島英雄著:中山みき研究ノート 今Amazonで27,400円 30年前に東京で買っててよかった。

 ⇒ 甘露台 三十下り
 ⇒ 甘露台 三十下り 仮名交じり文
記事へトラックバック / コメント


甘露台 三十下り 仮名交じり文

2017/09/20 21:12
 平仮名ばかりで読みにくいので句切って漢字とふり仮名を今様にしてみた。
 言い回しの不明なところは原文の仮名、漢字は私の適当な判断である。
 当時の詳しい状況や、近世大和方言をなど不明点が多いのでその辺は容赦願いたい。

 甘露台 三十下り
   
一ッ、日の本大和にて 山辺郡庄屋屋敷に
二ッ、不思議なこの度生まれ子に 与えあるのが珍しい
三ッ、三日目より甘露が 天より降りたと言うわいな
四ッ、世に降りたる甘露が 寿命薬であるわいな
五ッ、いつも薬はあるかいな これは先なる試しやで
六ッ、胸のわかりを証拠に 天の与えがあるのやで
七ッ、何か天理が叶のうたら 珍し助けあるものや
八ッ、屋敷の内へ入るなら 如何な者でも恋しなる
九ッ、この度までは知らなんだ 元なる地場や親里や
十ドこの度一列に 胸に尋ねて来るわいな

   
一ッ、広く門より差しかけて ほんやのもようしょうかいな
二ッ、普請するなら地取りから 見定めつけにゃいかんでな
三ッ、見れば用場が邪魔になる 何処へ直して良かろうぞ
四ッ、用場一つでいかんでな 三つ四つせにゃならん
五ッ、何時まで思案してみても いずれ用場が邪魔になる
六ッ、無理に取れとは言わんでな 心定めて取るが良い
七ッ、何でも建ち物取り払い 後へ建てるが良い程に
八ッ、屋敷無いとは思うなよ 元の屋敷があるほどに
九ッ、このうちに何時までも 置いてもらうと思えども
十ドこの度是非が無い 館貰って建ち変える

   
一ッ、ひろくのにたきばしようを 早く地取りをするが良い
二ッ、不思議な普請であるからに 内のままにはならんでな
三ッ、皆一列 神が支配をするほどに
四ッ、寄り来る人があれこれと はながけするであろうから
五ッ、いつもだんだん来るとても 頼みかけるやないほどに
六ッ、無理にどなたにも 頼みかけるやないほどに
七ッ、なんでも真実神様の 交わりさしてもらいたい
八ッ、やがて普請に掛かれども 頼みかけず止もせず
九ッ、ここまでだんだん日は経てど 実にわかりた者は無い
十ドこの度真実に 確か利益(りやく)が見えました

 ⇒ 甘露台 三十下り
 ⇒ 甘露台 三十下り と 大平良平 と 八島英雄
記事へトラックバック / コメント


甘露台 三十下り

2017/09/18 23:58
評註 御筆先  大平隆平 著
新宗教社:大正五年出版(国会図書館デジタルコレクション)
という本がある。⇒ http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/904991
画像

緒言をよむと、大正五年(1916年)教祖30年祭にして天理教本部の体質が今と変わらないことがわかる。
天理教本部は教祖存命中より残念を重ねて今日がある。
誠に残念至極である。

その本の中に
『甘露臺 三十下り』が載っている。
甘露台の没収が明治15年(1882年)なので甘露台完成の暁には歌われる予定だったかもしれない。

国会図書館デジタルコレクションより転記してみる。

< 以下転記 >

甘露臺 三十下り


これは甘露臺地場定め(明治八年)以降の教祖の作である。

   
一ッ、ひのもとやまとにてやまべこほりのしやしきに
二ッ、ふしぎこのたびうまれこにあたえあるのがめづらしい
三ッ、みつかめへよりかんろふがてんよりをりたといふわいな
  小寒子嬢が玉姫となつて生まるゝや三日目に天より甘露を下して育てるとの豫言。
四ッ、よにくだりたるかんろふがてんよりをりたとゆふわいな
五ッ、いつもくすりはあるかいなこれはさきなるためしやで
六ッ、むねのわかりをせふこふにてんおあたへがあるのやで
七ッ、なにかてんりがかのふたらめづらしたすけあるものや
八ッ、やしきのうちへはいるならいかなものでもこいしなる
九ッ、このたびまではしらなんだもとなるぢばやおやさとや
十ドこのたびいちれつにむねにたづねてくるわいな

   
一ッ、ひろくもんよりさしかけてほんやのもよふしよふかいな
二ッ、ふしんするならぢどりからみさだめつけにやいかんでな
三ッ、みればよふばがじやまになるどこへなほしてよかろうぞ
四ッ、ゆふばひとつでいかんでなみいつゆうつはせにやならん
五ッ、いつまでしやんしてみてもいづれようばがじやまになる
六ッ、むりにとれゑとゆはんでなこゝろさだめてとるがよい
七ッ、なんでもたちものとりはらいあとへたてるがよいほどに
八ッ、このうちにいつまでもおいてもらふとおもへども
九ッ、このうちにいつまでもおいてもらふとおもへども
十ドこのたびぜひがないやかたもらふてたあちかへる

   
一ッ、ひろくのにたきばしよふをはやくぢどりをするがよい
二ッ、ふしぎなふしんであるからにうちのまゝにはならんでな
三ッ、みないちれつはかみがしはいをするほどに
四ッ、よりくるひとがあれこれとはながけするであらふから
五ッ、いつもだん/\くるとてもたいぎするのやないほどに
六ッ、むりにどなたにもたのみかけるやないほどに
七ッ、なんでもしんじつかみさまのまじわりさしてもらいたい
八ッ、やがてふしんにかゝれどもたのみかけずとめもせず
九ッ、こゝまでだん/\ひはたてどじつにわかりたものはない
十ドこのたびしんじつにたしかりやくがみえました

⇒ 甘露台 三十下り 仮名交じり文
⇒ 甘露台 三十下り と 大平良平 と 八島英雄
記事へトラックバック / コメント


昨夜テレビで台風情報を見ていると避難勧告が出た!

2017/09/18 22:52
 昨夜テレビで台風情報を見ていると私の実家の地区(私の家から西南西2km)に避難勧告が出た!
 エェーッ!!!
 生まれて初めてのことだ。

 早速実家に電話を掛けて妹に「避難する?」と聞くと
 妹「何のこと?」
 ワシ「お前、いま川が氾濫しそうだぞ!」
 妹「ハァ〜?」
 ワシ「避難しろって誰か言って来たろう?」
 妹「知らんよ・・・まだ水はそこまで来てないよ」
 ワシ「?????」

 何のことはない、妹は川土手に出て見て川の様子を自分で確認して大丈夫だと判断していた。(過去に橋が流れたり様々なことを彼女は経験している。経験からの判断だ。)
 私は、テレビの避難勧告を見て慌てていた。

 そのうち、我が家の地区にも避難勧告が出た。
 家の前の用水路を見るとまだ余裕がある。

 パソコンで降雨のレーダー情報を見ると流域の降雨はこれから減るだろう。
 避難する必要は無い。

 すると、近所に住んでいる姉が電話を掛けてきた。
 姉「避難の準備した?私どうしたらいい?」
 姉は隣の地区に住んでいて避難勧告は出ていない。
 と言っても、私の家から200mしか離れていない。
 海抜はほぼ同じ。
 私「あんたの所には避難勧告出てないで」

 そのうち、パソコンで川の水位情報を見ると上流が減り始めた。
 風も収まったので寝た。

 今日、実家に行って昨日の話をした。
 結局、行政を頼っていてもダメだ・・・という話になった。
 実家の親父は、ここがこの辺で一番安全な場所で、昔の大水の時にはここにみんな避難してきたという。
 昨夜指示された避難所は、ここから東へ1.2km行った小学校だ。途中に川や低地がある。本当に川が氾濫したら途中で流されてしまう。
 野外に設置してある災害情報用のスピーカーも台風の雨風の音で聴こえない、有線放送もされない、松江市のHPには避難情報が表示されない。

 そもそも、避難勧告・・・って何?
 なんで、今回は発令されたのだろう?
 いままで、もっと酷い状況があったのに。

 こんなことでは、本当に大変なことになったらどうしようもないのではないでしょうか?

 松江市は平和ボケです。
 妹はしっかりものです。

 今日の意宇川
 
画像
記事へトラックバック / コメント


人助け・・・『人を助けて我が身助かる』

2017/09/15 22:55
 中山ミキの有名な?教えである。
 『人を助ければ、巡り巡って自分が助けられることになる』
 こう聞くと、私はあざとい感じがして嫌だ。
 今自分は不幸で、自分が助かりたいために、人を助けるのか。
 人が助かるのを確かめるのか。

 天理教人が、お助けの実が上がらない。・・・と言う。
 ・・・信者がどんどん減っている。
 では、天理教の信者は人助けをしていないのか?
 そんなことはない。
 では、なぜだろう。

 答えは、助けようとしている人が現時点で助かっていないから。
 世界には・・・『自分が持っていないものは、人にあげられない』・・・法則がある。
 貧乏な人が、貧乏な人の貧乏を助けられるか?
 助かっていない人は助けられない。

 ここで、発想の転換が必要だ。
 『人を助けて我が身助かる』
 と知っていれば・・・本当に信じていれば・・・中山ミキ婆さんを心から信じていれば『人を助けた』時点でもう『自分が助かっている』はずだ。

 『人を助けた』・・・相手の人が助かったかどうか・・・独善はいけないが、結果にこだわる必要はない。結果は自ずとついてくる。
 ひとのこゝろといふものハ ちよとにわからんものなるぞ
 だから、助けた相手がこちらの思惑を本当に理解しているかは『ちよとにわからん』からだ。

 ただ、この行為を繰り返せば、人は助からなくても『我が身助かる』ことになる。(人が助からないことはありえないが)
 だって、『人を助けて我が身助かる』と信じているから。

 すると、我が身が助かっているわけだから、当然陽気になる。

 ひきの さんはいつも楽しそうですねと言われる。
記事へトラックバック / コメント


種を蒔くたとえ話

2017/09/13 21:51
 私は農家のおっさんです。
 中山ミキも農家の奥様でした。
 これから、私の家では玉ねぎの種を蒔きます。
 一年じゅう種を蒔き、一年じゅう出来たものを収穫して食べています。
 中には、米や豆類のように保存がきく物もありますが、やはり、取れたて新鮮なものがおいしいですね。

 私達は毎日種を蒔いて、毎日収穫している。
 大きくて長い時間がかかるものもあれば、小さくてすぐさま結果の出るものもある。
 小さくて長い時間がかかるものもあれば、大きくてもすぐさま結果の出るものもある。
 良い種もあれば、悪い種もある。
 様々なものが、重なり合いまじりあって日々が過ぎてゆく。

 あなたの今の人生が面白くないのは、今まで面白くない種を蒔いて、収穫しているからです。そして、さっきもその種を蒔き、今もその種を蒔いている。明日もその種を蒔くのだろうか。

 私だったら、今すぐ良い種を蒔き始める。
 早いものはカップ麺のようにすぐに美味しく食べられる。
 遅いものは、あなたの今わの際で手を握っていてくれるかもしれない。

 これも、考え方次第ですけどね。
記事へトラックバック / コメント


ここはこの世の田地 屋敷は神の田地

2017/09/11 22:43
 冬物野菜の種を蒔きました。
 シュンギク 
画像
 ダイコン 
画像
 私の家は、様々な物を作っているので、年中種を蒔いたり収穫をしています。
 イチジクはこれからたくさん採れるようになります。 
画像
画像
 これは「ナンバンギセル」川土手に咲いていたものの種を採ってきてススキの根元に蒔きました。
 自分では光合成ができない寄生植物です。
 なのでナンバンギセルより寄生主(ススキ)の生育に気を使わないといけません。
 ナンバンギセルの生育が旺盛になってくると、寄生主(ススキ)が枯れることがあるそうです。

 私達は、物事の種を蒔かなければなりません。
 事象に働き掛けないといけない。
 そうしないと、自分の存在があやふやになってしまいます。

 雑草を取り除き、耕し、種をまく。

 今の人たちは、何でもお金で手に入るので種を蒔くという『行為』が分からない。
 だから、周りから言われることばかりに気を取られて、自分の畑が草だらけで、地力が落ちていてもわからない。

 こゝハこのよのでんぢなら わしもしつかりたねをまこ
 ここはこの世の田地なら わしもしっかり種を蒔こう

 種を蒔くためには、しっかりした田地が要りますね。
 田地(やしき)が草だらけでは、良い種を蒔いても意味がありません。
 草は引き抜いてしまって耕さないと、いつまでたっても田地(やしき)に種は蒔けません。
 やしきは神の田地なので、神が引き抜いて、耕してくださるのでしょうか?

 私達の田地は『ここ』なので、自分に与えられた田地(環境)を大切にしましょう。夫婦、親子、兄弟・・・力を合わせて耕しましょう。
 そして、福の種を蒔きましょう。
記事へトラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

ひきのエフェクトのブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる